本の写真「村上春樹、河合隼雄に会いにいく 村上作品と心理学が好きな人にはホントおすすめ」

突然ですが私、村上春樹さんのエッセイが大好きなんです(これがエッセイ限定です。なぜか小説は何度チャレンジしても最後まで読めない…^^;)。

そして、ユング派の心理学者、河合隼雄さんも大好きなんです。河合隼雄さんの穏やかでありながら心理学に基づいた深い洞察を含んだ文章が大好き。

この二人が対談している本です。読まない理由がありません、が、今まで忙しさにかまけて購入したまま読んでいませんでした。やっと、読めました。幸せです。

このお二人、気が合うのでしょうね。特に河合隼雄さんの書く本には、村上春樹さんの作品が登場することが多いです。そして河合隼雄さん曰く、村上春樹さんの小説は、深層心理の世界をよく表現している、と。

そのお二人の対談、物語のことから、無意識のことまで、深いお話をされています。面白かった〜

感想24 村上春樹、河合隼雄に会いにいく

アメリカと日本の違い、オウム事件、阪神大震災から箱庭療法、結婚生活まで

もう幅広い知識を持っているお二人なので、本当にいろいろな話題を語られています。この本が出版されたのが平成8年。1996年です。前年の1995年には阪神大震災が起き、オウム事件が日本を震撼させました。

当然のようにこの話題を取り入れながら、会話が進みます。それだけにとどまらず、話は小説を書くということ、村上春樹さんのねじまき鳥クロニクルの話、日本人とアメリカ人のアイデンティティのあり方、結婚生活についてなど、幅広く展開し、それに河合隼雄さんの専門的な心理学的な解釈が挟まれていくような構成になっています。

一言では説明できない本なので、私が感心した部分を何箇所か引用したいと思います。

河合

箱庭を作るのも物語を作るのも、言わば同じことである。しかし、箱庭は非言語的である。日本人はどちらかというと、こちらの方が得意で、これは日本で箱庭療法が発展したひとつの要因であると思う。

欧米人が箱庭を作ると、作った後にその人が、これは「私」で、この石は「父親」です、この木は「母親」を表していて、などと結局は言語によって説明したりする。なかなか言語から離れられない。

それに対して日本人は「何となく」とか「面白いから」などと言って説明抜きで、ものを置き、それが結果的には深い表現になっていたりする

河合 ぼくもいま、ある原稿で夫婦のことを書いているのですが、愛し合っているふたりが結婚したら幸福になるという、そんなばかな話はない。そんなことを思って結婚するから憂うつになるんですね。なんのために結婚して夫婦になるのかといったら、苦しむために、「井戸掘り」をするためなんだ、というのが僕の結論なのです。井戸掘りは大変なことです。だからべつにしなくてもいいのじゃないかと思ったりするんですよ。

(この話の補足で)

これはもちろん結婚の持つ、ある面を強調して言ったのです。〜中略〜本当に「おもしろい」ことで苦しみを伴わないものはないと思います。

村上 芸術家、クリエイトする人間というのも、人は誰でも病んでいるとう意味においては、病んでいるということは言えますか?

河合 もちろんそうです

村上 それにプラスして健常でなくてはならないのですね

河合 それは表現という形にする力を持っていないとだめだ、ということになるでしょうね。それと芸術家の人は、時代の病とか文化の病を引き受ける力を持っているということでしょう。ですから、それは個人的に病みつつも、個人的な病をちょっと超えるということでしょう。個人的な病を超えた、時代の病とか文化の病というものを引き受けていることで、その人の表現が普遍性を持ってくるのです。

もうずーっとこんな感じの深い話をしています。頭がいい人たちの楽しい会話ですよね^^; 読んでいてすごくヒントになる部分が多いです。

河合隼雄さんの話の聞き方が本当に素晴らしくて

河合隼雄さんのエピソード。

タクシーに乗っていても、普通はタクシーの運転手さんが「お客さん、最近どうですか?」なんて言って、「いやー、最近厳しくてね」なんて世間話が始まるというパターンはよくあると思うのですが、河合隼雄さんの場合は、なぜかタクシーの運転手さんが「最近厳しくてまいってるんですよ」なんて身の上話を話し始めて、「そう、それは大変ですね」なんてずっと聞いている、ということがよくあるそうなんです。

(ごめんなさい。これ、本で読んだと思うんですが…なんの本だったか探したのですけど、見つからないんです。もしうろ覚えの嘘っぱちだったらすみません(・・;) )

河合隼雄さんの穏やかな物腰や、人間の大きさのようなものが伝わるんでしょうね。

まさに、対談を読んでいるとそれがわかります。まず、絶対に相手が言ったことを否定しない。相手がいうことを邪魔しない。必要以上に自分の話をしない。

いつも穏やかに「そうそう」「そうですね」「それは〇〇ですね」などと答えて、それに対して決して邪魔にならないように会話を乗せていくんです。

一流の心理療法家ってすごいんだなぁと、河合隼雄さんの本を読んでいるといつも思うんです。それでいて、その人本人が何かしらの答えを見つけていけるように導いてくれる。

これも何かで読んだのだと思いますが、ある患者さんが症状が改善して、治療終了になった。その時に「先生は何もしてくれなかった」と言ったと。自分の話を聞くだけで何もしてくれなかったと言われたことがあるそうです。

でも治っているんですもんね。本当にすごい方だったんだなぁと。今生きていたら、間違いなく死ぬまでに会ってみたい一人です。

深層心理を表現している村上春樹さん

河合隼雄さんの著書には、村上春樹さんの作品がよく登場します。作品が心理をよく表現しているということらしいです。

私はエッセイは大好きなんですが、小説の方がこれが本当に読めなくて(なんと残念ながら)…でも、なぜ読めないのかが少しわかった気がします。

この本の中でも、村上春樹さんが小説を書くときの状態を語っているのですが、

書きはじめの時に全体の見取り図があるわけでは全然なくて、とにかく書くという行為の中に入り込んで行って、それで最後に結末がよく来ますね、と言われますが、僕は一応プロのもの書きだから結末は必ずくるのです。そしてある種のカタルシスがそこにあるわけです。

また、前書きでもこのように書かれています

僕はその当時ちょうど『ねじまき鳥クロニクル』という大変長い長編小説を書いているところで、物語の深い霧の中にほとんどすっぽりと浸っているような状態だった。自分の物語が自分を含めたまま、どこかに向けて確実に進んでいくのはわかるのだけれど、その「どこに」というのがさっぱりつかめない。あらゆるものが複雑に入り組んでいて、簡単に仕分けのできない状態にあった。おまけに現実と物語とがところどころ薄暗く入り乱れていた。三年くらい片付けをしていない混んだ押入れを想像していただければ近いかと思う。

きっと、小説を書く時、村上春樹さんは物語の世界を通してご自分の心理世界にどっぷりダイブされているんだろうな、と。そこから何かを掴んで引っ張り出してくるような作業をされているんだろうな、と。

だから、本人は無意識にしろ、心理の専門家が読むとしっかり深層心理を表現している作品となっているのではないか、と思いました。

これが、最初からプロットがしっかりしていて、結論も見えているような状態で書かれた小説であればきっと私でもサラサラと読めるんでしょうけど、そのような状態で書かれているので、世界が濃いというか、その辺を敏感に感じ取って、読めなくなるのかもしれません。…うん、長年の疑問だったけど、ちょっと納得。

村上作品が読めるようになるには、私もそれを受け止めるだけの人間の大きさがないといけないのかもしれません。

まとめ

とにかく、内容が濃い対談。村上春樹さんが好き、心理学に興味がある、という人には本当におすすめの本です。発売から20年以上が経っているにも関わらず、やはり心理学がベースにあるからでしょうか、全く古さを感じないです。

昨日に引き続き、河合隼雄さんの本を紹介しましたが、やっぱりすごい人だなぁと思うばかり。たくさん本を出されている方なので、制覇したいです。

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